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スポーツにおける相対性と卓越性:コンプライアンスに強い中川総合法務オフィスは知財とリスク管理を専門とするコンプライアンスプロフェッショナルオフィスです。

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スポーツにおける相対性と卓越性(勝つのは相手と無関係に素晴らしいからか)

  • スポーツコンプライアンスは法令や倫理等を遵守して、そのスポーツに対する社会的信頼に応えることであるとするのが、今日的な意味であるとすると、 スポーツの場における倫理がそれで社会の信頼を得ることができるのかが問題になろう。肉体の限界に挑戦するトライアスロンレースや過激な格闘技等にそれはよく議論されるが、 そうでなくても相手の失敗を喜ぶ選手、競技以外の叫び声で相手を恫喝する行為や急所を徹底的に攻める行為などが問題になってくる。
    スポーツはもともと勝ち負けを争う本質を持つがゆえに、そのスポーツに定められたルールを守りさえすれば、このような戦い方も卑怯者でないのであろうか。スポーツは決まったルールの下で社会一般の倫理とは異なる 倫理の下でぶつかったり相手を力づくで攻撃したりするので、ルールで許容されてしまった外在的倫理は問題にはならないが、そのうえでなおそのスポーツ内での一定の倫理に反するか問題になる場合がどうしても出てこよう。
    この問題をクリアする理論として、「卓越性」理論がある。勝利は、相手の関係を置いておいて、優れているから勝つのであって、相対性が勝利の決定的理由でないとの考えである。 そうすると相手が失敗しようがそのチームや選手が優秀であれば勝つものは勝つのである等の議論が成り立つことになろう。この理論は魅力的な装いをもつかもしれないが、一種の騙しであろう。 スポーツの勝負は、究極的に相対的である。ほんの少し自分が相手より上回っていたから勝つのである。卓越していたからというのはいわば結果論であろう。実際にどのような倫理がルールのほかに求められるかは 他の企業や行政機関におけると同じように法のほかに守るべき倫理があってそれを破れば社会の信頼を失うといったコンプライアンスの議論はやはりここでも不可欠でなかろうか。

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