◆H17. 7.12 大阪地裁 平成16(ワ)5130 著作権 民事訴訟事件
1 著作権侵害に基づく請求について
(1) 請求原因(3)ア(イ)(著作物性)について検討する。
(2) 本件において原告Aは,「初動負荷」,「終動負荷」という表現が,自己の創作した著作物であると主張する。
同原告の主張によれば,「初動負荷」とは,「その運動の主動筋を最大限に伸長させたポジション(すなわち,その動作の開始時)において負荷を与えた後,その負荷を適切に漸減することで,主動筋の「弛緩→伸長→短縮」の一連過程を促進させると共に,主動筋活動時に,その拮抗筋並びに拮抗的に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・トレーニング方法」の名称として同原告が創作したものであり,「終動負荷」とは,「動作中筋出力が維持され,あるいは高くなるが,同原告は,このような動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法」の名称として創作したものである(請求原因(2)イ)。
(3) しかしながら,まず,このような運動・トレーニング方法に関する理論を原告が独創し,その名称を創作したものであるとしても,著作物性は具体的な表現について認められるものであり,理論について認められるものではないから,理論が独創的であるからといって,直ちにその名称に著作物性が認められるわけではない。
(4) そこで,原告Aが創作した「初動負荷」及び「終動負荷」という名称表現について検討するに,まず「初動負荷」について見ると,ある抽象的な理論や方法(ここでは運動・トレーニング方法がそれに当たる。)を端的に表現する名称として,それを漢字四文字の熟語で構成することは,日本語において常用される表現方法であるところ,前記のような,運動の動作の開始時において負荷を与えた後に,その負荷を適切に漸減するという運動・トレーニング方法の名称を考えるに当たり,「運動の動作の開始時において」「負荷を与える」という代表的な要素を抽出して,「初動負荷」と名付けることは,「広辞苑」(第五版)において「初動」とは「初期段階の行動」の意味であるとされていることもふまえると,ありふれた表現にすぎず,創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
また,「終動負荷」という名称について見ると,確かに「終動」という言葉は一般の日本語にはなく(前掲「広辞苑」にも見られない。),原告Aの創作した造語であると認められる。しかし,新旧二つの理論や方法に名称を付与する際に,両者の名称が対になるようにするのは日本語として常用される表現方法であることからすると,新規な運動・トレーニング方法を「初動負荷」と名付ける一方で,従来の運動・トレーニング方法を「終動負荷」と名付けることも,やはりありふれた表現にすぎず,創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
(5) この点について原告Aは,前記のような運動・トレーニング方法を端的に表現する方法はいくらでもあるから,「初動負荷」及び「終動負荷」という表現には創作性があると主張する。
しかし,原告Aが「初動負荷」の代わりに考えられるとする名称も,「主動筋円滑」トレーニング,「筋共縮防止」トレーニング,「初期負荷後漸減」トレーニング,「始動負荷」トレーニング,「瞬間負荷」トレーニング,「反射促進」トレーニング,「終盤加速型」トレーニング,「負荷変動式」トレーニング,「逓減負荷」トレーニング,「加速増進負荷」トレーニングという程度にとどまるのであって,このうち四文字熟語として構成されるのは4種類にすぎず,しかも,うち3種類に「○○負荷」の名称を付されているのであるから,「運動の開始時に負荷を与える」ということから最も端的に発想される「初動負荷」という名称に特段の創作性を認めることはできない。
原告Aは,同様に「終動負荷」についても,「均一継続負荷」トレーニング,「持続負荷」トレーニング,「逓増負荷」トレーニングという名称が考えられると主張するが,わずか3種類にすぎず,「初動負荷」と対になる四文字熟語として表現しようとした場合に最も端的な「終動負荷」に特段の創作性を認めることはできない。
(6) 以上より,原告Aの著作権侵害に基づく請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求について
(1) 請求原因(4)イ(ア)(被告らの商品等表示としての使用)について検討する。
(2) 被告会社が本件記事(甲29)を掲載して本件書籍を販売したこと,被告Bが同書籍の記事を解説したことは,当事者間に争いがない。
(3) ところで,甲29号証によれば,本件記事において「初動負荷」,「初動負荷トレーニング」という表現が使用されている主要なものは,次のとおりであると認められる。
ア 「そもそも,『初動・終動』負荷トレーニングとは?」
イ 「個人の能力をピラミッドに例えると,底辺の拡大が終動負荷,頂点の高さが初動負荷」
ウ 「簡単にいえば,最初に筋肉に重い負荷をかけ,そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」(以上,22ないし23頁)。
エ 「終動負荷 すぐに始められるトレーニング8メニュー」(24頁)
オ 「初動負荷 ひとりで可能な実践8メニュー」(26頁)
カ 「初動・終動負荷を自分流にアレンジした飛ばしのトレーニング。」(28頁)
キ 「初動・終動負荷を自分流にアレンジ バランスと柔らかさを作り出す。」(30ないし31頁)
ク「初動・終動負荷を自分流にアレンジ スピードを支える下半身。」(32頁)
(4) (3)掲記の各使用例を見れば,本件記事において,「初動負荷(トレーニング)」という表現は,前記(3)ウで簡単に定義された運動方法を呼称する概念用語として使用されているものと認められ,被告らの商品ないし営業について,その出所表示として使用されているものでないことは明らかである。
したがって,本件記事において被告らが「初動負荷(トレーニング)」という言葉を不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」として「使用」したとは認められない。
(5) よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求は理由がない。
3 債務不履行に基づく請求について
(1) 原告Aと被告会社が本件執筆契約を締結し,原告Aが平成14年1月から平成15年10月まで,被告会社の発行する週刊ゴルフダイジェスト誌に,初動負荷理論の紹介,自宅でできる簡易な初動負荷トレーニング方法の紹介・解説の記事を執筆し,被告会社が同記事を掲載して原告Aに対価を支払ったことは当事者間に争いがない(請求原因(5)ア)。
(2) 本件執筆契約に基づく原告A主張の付随義務の存否について検討する(請求原因(5)イ)
原告Aは,被告会社においては,その発行に係る書籍において初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する記事を掲載する場合に,@その提唱・実践者が原告Aであることを曖昧にするような表現をしないよう注意する義務や,A同理論・同トレーニングの内容を歪曲しないよう注意する義務を,本件執筆契約から生ずる付随義務として負うと主張する。
ところで,契約を締結した当事者は,その合意内容に従い,互いに契約の目的とした給付を実現する義務を負う。本件執筆契約の場合には,原告Aについては原稿を執筆する義務が,被告会社の場合にはそれを雑誌に掲載するとともに報酬を支払う義務がそれに当たる。そして,原告A及び被告会社が,このような給付義務によって実現しようとした契約利益を達成するために,給付義務の発生,履行及び消滅の全過程を通じて,互いに何らかの注意義務を信義則上負う場合があることは原告Aの主張するとおりである。
しかし,本件では,本件執筆契約に基づく原告Aと被告会社の執筆義務,掲載義務及び報酬支払義務は,原告Aの執筆に係る原稿が掲載された週刊ゴルフダイジェスト誌の平成15年10月分までが無事発行され,原告Aに同執筆に係る報酬が支払われたことにより,いずれも履行されて消滅しており,それらの義務によって実現しようとした契約利益は実現されている。したがって,本件執筆契約に係る原稿の執筆及びその掲載を離れて,被告会社が原告A主張のような注意義務を信義則上負うとは認められない。
もっとも,原告Aの主張は,本件執筆契約が前提とした契約利益の中には,本件執筆契約による執筆・掲載後を通じて,一般的に被告会社が原告Aが提唱し実践する初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関してその独創性を尊重し保護することや,初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する原告Aの経済的利益を尊重し保護することも含まれているという趣旨であるとも解される。しかし,このような合意内容は通常の執筆契約における契約当事者の合理的意思から大きく隔たっている。一般大衆向けのゴルフ関係雑誌を発行するにすぎない被告会社が,今後の記事内容を制約することにもなりかねないこのような意思の下に本件執筆契約を締結したものとは考えられない。このことは,原告Aが請求原因(5)イで指摘する事情が仮に存したとしても同様である。したがって,原告A主張のような前提は採用できない。
(3) 以上より,原告Aが主張する付随義務はこれを認めることができないから,その余について判断するまでもなく,原告Aの債務不履行に基づく請求は理由がない。
4 不法行為に基づく請求について
(1) 原告らは,自ら構築してきた独自の初動負荷理論と,その実践により得てきた社会的信用・名声の故に,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称を独占的に,あるいは,対価を得て第三者に専属的に利用させ得る法的救済に値する利益を有しているところ,被告らはこれを侵害したことによる不法行為責任を免れないと主張する。
しかしながら,原告Aが独自の初動負荷理論を自ら構築し,原告らにおいてその実践により社会的信用・名声を得てきたとしても,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称について,著作権等の知的財産権によらないで独占的な使用権を原告らに認めることはできない。すなわち,現行法上,営業や役務や理論や方法の名称の使用に関しては,商標法,著作権法,不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。これら各法律の趣旨,目的にかんがみると,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった理論やトレーニング方法の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく名称の発案・使用者に対し独占的な使用権を認めることは相当ではないというべきである。
したがって,不法行為の被侵害利益として,原告らが主張する法的保護に値する利益は認められない。
(2) 原告らは,被告会社及び被告Bは,原告Aが初動負荷理論という独自の理論の提唱者であり,原告らが同理論の実践を中心とした経済活動をしていることを熟知していたのであるから,被告会社が雑誌等の製作出版行為を行い,被告Bが本件記事の執筆を行う際,「初動負荷」理論について記述するならば,同理論については提唱者である原告Aを明示し,また内容を歪曲するなどして同理論の提唱・実践者である原告らの利益を侵害しないように注意すべき義務があったと主張する。
確かに,原告Aが初動負荷理論の提唱者として得ている社会的名声や,その実践によって原告らが得ている経済的利益を第三者が侵害することは許されるところではない。しかし,仮に原告ら主張のような事情を被告らが認識していたとしても,原告らにその理論や名称を独占的に使用する権利が認められない以上,被告らは自由にその理論や名称に言及して,同理論に関する記事を記述し得るのは当然であり,その記述が徒に原告らの名誉,信用を害するとか,営業を妨害するという内容のものでない限り,原告らに対する不法行為を構成するものではないというべきである。そして,本件記事にはそのような内容の記述も見当たらないから,被告らが本件記事において初動負荷理論の提唱者である原告Aを明示せず,また原告Aの考えるものと異なる内容を初動負荷理論の内容として記述したからといって,それが原告らに対する不法行為を構成するとはいえない。
(3) 以上より,不法行為に基づく請求は,その余について判断するまでもなく理由がない。
5 以上によれば,原告らの本件請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。