1.バイオテクノロジー(生物工学)の知的財産権による保護
−バイオテクノロジー(生物工学)の特許法による保護と種苗法による保護−
(1)バイオテクノロジー(生物工学)は,生物を利用する技術と生物を作り出す技術のことです。 このバイオテクノロジー(生物工学)には、いわゆる伝統的バイオテクノロジーとニューバイオテクノロジーがあります。 伝統的バイオテクノロジーには,醸造、発酵の分野として、微生物を利用して醤油,酒,味噌,チーズ,パンのような発酵製品を製造する技術があります。また、農作物の品種改良として、植物の雌雄の掛け合わせによる植物の品種改良技術(動物もあり)などがあります。 ニューバイオテクノロジーは,再生医学や創薬の分野のことで、1970年代に細胞やDNA(遺伝子)のレベルでの解明が進んで発展した技術であり,DNA組換え技術,細胞融合技術,核移植技術やヒトゲノム(遺伝情報)応用技術やたんばく質の機能・構造解析技術,そして胚性・体性幹細胞(ES細胞)等を利用した再生医療技術などの先端技術のことです。 このように、バイオテクノロジー(生物工学)は生物学の知見を元にし、実社会に有用な利用法をもたらす技術の総称です。特に遺伝子操作をする場合には、遺伝子工学と呼ばれる場合もあります。
(2)分子生物学や生物化学などの基礎生物学の発展とともに、応用生物学としてのバイオテクノロジーも、近年めざましい発展を遂げており、羊のドーリーのようなクローン生物など従来SFに登場した様々な空想が現実のものとなりつつあります。 これは、倫理的な面で問題が多くまた、遺伝子操作および細胞融合は、生物多様性に悪影響を及ぼす恐れがあるとの観点から「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(遺伝子組換え生物等規制法、遺伝子組換え規制法)によって規制されています。
(3)バイオテクノロジー(生物工学)は,知的創作として動物と植物の区別なく特許法上の発明としての保護が必要であることが国際的にも承認されています。(TRIPs27条参照)。
植物の新品種については,1991年の「植物の新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約)改正に対応した種苗法(平成10年法83号)により特別の保護が可能です。 この場合,特許法と種苗法による二重保護が認められますがそれぞれの保護対象,権利取得方法,権利の効力・制限・存続期間・侵害のそれぞれにおいて異なるものがあります。
特許法による保護は、その特許要件としての発明性が特に問題になります。つまり、「自然法則の利用性」,「創作性」および「反復可能性」に関してです。 判例は「植物の新品種を育種し増殖する方法」の反復可能性について,「科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り,その確率が高いことを要しない」としています(最判平12.2.29)。
⇒このように、植物新品種の特許法による保護には,発明性の要件の他にも,進歩性の判定,出願明細書の記載要領,書面審査の困難性,特許権の効力が自家増殖に及ぶか,用尽理論の適用可能性,特許取消しの必要性等の面で非常に多くの問題があります。 そこで、以下に述べるように「UPOV条約に基づく種苗法」による植物新品種の保護がはかられるようになりました。
★参照条文
【TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)】
第27条 特許の対象 (1)
(2)及び(3)の規定に従うことを条件として,特許は,新規性,進歩性及び産業上の利用可能性(注)のあるすべての技術分野の発明(物であるか方法であるかを問わない。)について与えられる。第65条(4),第70条(8)及びこの条の(3)の規定に従うことを条件として,発明地及び技術分野並びに物が輸入されたものであるか国内で生産されたものであるかについて差別することなく,特許が与えられ,及び特許権が享受される。 (注) この条の規定の適用上,加盟国は,「進歩性」及び「産業上の利用可能性」の用語を,それぞれ「自明のものではないこと」及び「有用性」と同一の意義を有するとみなすことができる。 (2)
加盟国は,公の秩序又は善良の風俗を守ること(人,動物若しくは植物の生命若しくは健康を保護し又は環境に対する重大な損害を回避することを含む。)を目的として,商業的な実施を自国の領域内において防止する必要がある発明を特許の対象から除外することができる。ただし,その除外が,単に当該加盟国の国内法令によって当該実施が禁止されていることを理由として行われたものでないことを条件とする。 (3)
加盟国は,また,次のものを特許の対象から除外することができる。 (a) 人又は動物の治療のための診断方法,治療方法及び外科的方法 (b)
微生物以外の動植物並びに非生物学的方法及び微生物学的方法以外の動植物の生産のための本質的に生物学的な方法。ただし,加盟国は,特許若しくは効果的な特別の制度又はこれらの組合せによって植物の品種の保護を定める。この(b)の規定は,世界貿易機関協定の効力発生の日から4年後に検討されるものとする。
2.植物新品種の種苗法による保護
(1)植物新品種の保護とUPOV条約
植物新品種の経済的な価値が認識されるようになり,昭和36(1961)年UPOV条約が成立しました。昭和60(1985)年ペンタヨモギの特許が成立するなど特許法による新植物の保護がなされ,重複保護の必要性から,UPOV条約の改正が平成3(1991)年に実現し、平成10(1998)年に改正UPOV条約加盟のため種苗法を全面改正して,育成者権という新たな概念が創設されました。
★参照条文 【種苗法】 (目的)
第一条
この法律は、新品種の保護のための品種登録に関する制度、指定種苗の表示に関する規制等について定めることにより、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り、もって農林水産業の発展に寄与することを目的とする。
(2)種苗法の保護対象
種苗法の保護対象は,農林水産植物の品種です。農林水産植物とは,農産物,林産物および水産物の生産のために栽培される種子植物,しだ類,せんたい類,多細胞の藻類およびきのこ類です(2条1項,種施令1条参照)。全部で467種類に及び、きのこは菌類ですが,限定的に保護されます。
品種とは,重要な形質に係る特性の全部または一部によって他の植物体の集合と区別することができ,かつ,その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の集合です(2条2項)。 重要な形質とは,登録出願品種の在来品種との区別性の判断基準となる形質です(2条6項,平成10年農林水産省告示1909号「種苗法第2条第6項の規定に基づく重要な形質」参照)。 たとえば,「稲」の重要な形質は,「草型,かんの形状,葉の形状,穂の形状,もみの形状,のぎの形状,玄米の形,玄米の大きさ,玄米の色,玄米の粒重及び玄米の品質」や,水稲または陸稲の札 うるちまたはもちの別,玄米の成分などになります。他の植物体の集合との区別性の判断は,この重要な形質の相違によるべきであって,遺伝子構造の相違によるべきではないものとされています(「えのきたけ事件」東京高裁:平9.2.27参照)。
(3)育成者権の発生要件
【主体的要件】 育成者権に関する権利能力が認められるのは,自然人と法人である。外国人は,UPOV条約との関連で平等主義又は相互主義などにより権利を享受できる(10条参照)。 育成者権を取得できるのは新品種の育成者またはその承継人である。育成者には品種登録を受ける権利が認められており(3条1項・17条1項1号・42条1項1号・14条・34条),特許法における特許を受ける権利と同様のものである。職務育成品種については特許法における職務発明と同様の取り扱いがなされる(8条,持35条参照)。
【客体的要件】 品種登録の要件は,@区別性(3条1項1号),A均一性(同項2号),B安定性(同項3号),C品種名称の付与(4条1項),D未譲渡性(同条2項)の5つである。 区別性とは,公然知られた他の品種と特性の全部または一部により明確に区別されることをいう。均一性とは,同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していることである。安定性とは,繰り返し繁殖をさせた後においても,特性の全部が変化しないことをいう。名称は,一の出願品種につき一の名称が付けられていなければならず(4条1項1号),登録商標と同一・類似するもの(同項2号)や出所混同のおそれがあるものは登録することができない(同項3号・4号)。未譲渡性とは,出願日から1年(外国では4年または6年)さかのぼった日以前に業として譲渡していなかったことをいう。これには,育成者の意に反して譲渡された場合や試験・研究のために譲渡された場合は含まれない。
【手続的要件】 育成者権の取得に関する原則として,審査主義(5条1項・2項),登録主義(19条1項),育成者主義および先願主義(9条)が採用されている。審査にあたっては,実地審査が採用されている。育成者主義は,出願者主義に対する観念で,特許法における発明者主義に対応する。品種登録の出願は,願書・説明書・出願品種の植物体の写真を農水大臣に提出し行う(5条)。なお,UPOV条約加盟国においては,出願日から1年間優先権の主張が認められる(11条)。 出願受理の後,遅滞なく出願公表され(13条),その後公表に基づく補償金請求権が特許法におけると同様に認められる(14条)。出願公表及び品種登録は官報により公示される(18条,19条1項)。品種登録の出願に係る品種名称が,登録商標と同一・類似のもの等であるとき(4条1項)は,その品種名称の変更が認められる(16条)。
(4)育成者権の内容
【育成者権とは】 育成者権は,登録により発生し,登録品種およびこれと特性により明確に区別されない品種を業として利用する排他的独占権である(20条1項本文)。さらに,登録品種に係る従属品種と交雑品種が品種登録された場合には,これらの品種の育成者が当該品種について有することとなる権利と同一の種類の排他的独占権も認められる(同条2項本文)。
【育成者権の効力】 育成者権は,品種の利用行為(2条4項1号・2号)に及ぶものである。その利用行為には,@その品種の種苗を生産し,調整し,譲渡の申出をし,譲渡し,輸出し,輸入し,またはこれらの行為をする目的をもって保管する行為,およびAその品種の種苗を用いることにより得られる収穫物を生産し,譲渡もしくは貸渡しの申出をし,譲渡し,貸し渡し,輸出し,輸入し,またはこれらの行為をする目的をもって保管する行為が含まれる。生産とは個体数を増加させることをいい,調整とは採取した種子を洗浄し,乾燥し,薬剤処理をし,コーティングなどを行うことである。
【育成者権の存続期間】 権利の存続期間は品種登録日から原則25年間であるが,永年性の樹木とぶどうは品種登録日から30年間とされている(19条)。なお,育成者権には,特性保持義務と称されるものがあり,登録品種の特性の均一性,安定性が失われた場合の品種登録取消により消滅することがある(42条1項2号)。
(5)育成者権の効力の制限
育成者権は,特許権と同様の排他的独占権という強力な権利であることから,公共の利益,特許権との調整,農家等の保護,種苗の取引の安全という観点から次のような場合に権利の効力が制限される。
@新品種の育成その他の試験または研究のための品種の利用(21条1項1号)。特許法における試験・研究のための実施と同趣旨で認められるものであり,収量調査や栽培適性調査などが認められる。
A登録品種の育成方法についての特許権者,その専用実施権者、通常実施権者が当該特許方法に係る方法により登録品種の種苗を生産,調整等する行為とその収穫物の生産,譲渡,貸渡し,輸出,輸入等の行為(同項2号・4号)。これは,特許権との調整で特許権に優位性を認めたものである。
B登録品種の育成方法の特許権消滅後の原特許権者等の種苗生産行為とその収穫物の生産,譲渡,貸渡し,輸出,輸入等の行為(同項3号・4号)。これも,特許権との調整である。
C農業者の自家増殖行為(21条2項)。農家と農業生産法人が最初に育成者権者等から譲渡された登録品種等の種苗を用いて収穫物を得,その収穫物を自己の農業経営においてさらに種苗として用いる場合,そのさらに用いた種苗と,これを用いて得た収穫物には及ばない。これは,農業経営における慣行を,育成権者の正当な利益を害しない限度で認めるものであり,そのような慣行のない農業や園芸生産にまで拡張されることはない(同条3項)。
D育成者権者等により登録品種等の種苗または収穫物が譲渡された後における,その種苗・収穫物の利用行為(21条4項)。育成権者権の用尽の場合である。ただし,新たな種苗の生産譲渡された種苗等をUPOV条約非加盟国等に輸出するときは許諾が必要である。
E職務育成品種に関し通常利用権を有する使用者の利用行為(8条3項)。
F先育成者の利用行為(27条)。
G育成者権不利用および公共の利益に基づいてなされる農林水産大臣の裁定による利用許諾(28条,UPOV条約17条)に基づく利用行為。
(6)育成者権の侵害と民事救済・刑事制裁
育成者権の侵害とは,権原のない第三者が登録品種を業として利用することである。 【民事侵害に対する救済】 侵害に対しては,民事上の救済としての差止請求権(33条)と損害賠償請求権が認められるが(民709条,34条),損害額の推定,最低賠償額,損害額の裁量減額,過失推定(35条),書類提出命令(36条)の定めがある。不当利得返還請求権(民703条)が認められることは他の知的財産権におけると同様であり,信用回復請求権(37条)も認められている。 【刑事制裁】 刑事上の制裁として,育成者権侵害罪は,10年以下の懲役または1000万円以下の罰金刑とされ(併科もあり),業務主体処罰は3億円以下の規定がある(67条以下)。
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