改正相続法による遺言書の書き方ポイント:遺言書を残すべき代表的なケース
はじめに
遺言書は、相続において自分の意思を明確に伝え、遺産分割をスムーズに進めるための重要な手段です。改正相続法の施行により、遺言の効力や遺留分の扱いなどに変更が加えられました。本記事では、特に遺言書を残した方がよい代表的なケースとその理由について解説します。
遺言書を残した方がよい代表的パターン
【第1位】全財産を1人に相続させたい場合
法定相続人が複数いる中で、特定の1人に全財産を相続させたい場合は、遺言書が不可欠です。遺留分を持つ他の法定相続人がいることを承知の上で、特定の理由や強い希望がある場合に該当します。
相続専門の相談業務を行っていると、遺留分に関する説明や特別受益などの説明を十分に行った上で、このような遺言書を作成するケースは少なくありません。相談者の中には、専門家に背中を押してほしいという心理もあるようです。
このケースでは、他の法定相続人から「遺留分侵害額請求」を受ける可能性が高いことを認識しておく必要があります。しかし、改正相続法の下では、以前とは異なり、遺留分侵害があっても遺言の効力自体に影響はありません(物権的効果から債権的効果へ変更)。
対策としては、以下の点を検討しておくとよいでしょう:
- 生前贈与の記録(通帳のコピーなど)を保管しておく
- 生命保険を活用した対策を講じる
- 可能であれば、他の法定相続人に家庭裁判所での遺留分放棄の手続きを依頼する
【第2位】財産を個別に相続させたい場合
自宅は配偶者に、賃貸収入用のビルは長男に、株式や証券は次男になど、財産を個別に相続させたい場合も遺言書が効果的です。
この場合の注意点として、それぞれの財産の評価額が異なるため、不公平にならないよう生命保険や預貯金で調整するなどの対策が必要になることが挙げられます。遺言書があれば、こうした個別の配分を明確に指定できます。
【第3位】分割しにくい不動産がある場合
財産が主に不動産で構成され、相続人が複数いる場合は、分割方法が複雑になります。金融資産のみであれば比較的分割しやすいですが、不動産は簡単に分けることができません。
不動産の相続方法には主に以下のようなものがあります:
- 現物分割:特定の相続人が不動産をそのまま相続する
- 代償分割:特定の相続人が不動産を相続し、他の相続人に代償金を支払う
- 換価分割:不動産を売却し、その代金を相続人で分け合う
- 共有分割:相続人全員が各自の相続分に応じて共有する
実務経験上、これらの方法はどれも完全に納得のいく結果になることは難しく、特に遺言書がない場合は遺産分割協議が紛糾しやすいといえます。
改正相続法前は、不動産に同居していた配偶者が追い出されるか、家を相続する代わりに金融資産をほとんど相続できず、乏しい年金生活を強いられるケースが社会問題となりました。これを背景に、配偶者居住権(短期・長期)の制度が創設されています。
遺言書が特に重要なその他のケース
共有関係を避けるために
税金面のみを重視したアドバイスにより、土地と建物の所有者が異なるケースや、細分化された共有関係になったケースでは、以下のような問題が生じやすくなります:
- 権利関係の複雑化
- 賃貸物件の大規模修繕時の銀行融資が困難に
- 複数の賃貸物件がある場合、物件ごとの立地や収益力、将来価値の違いから相続者の決定が難航
また、特定の物件に使用貸借契約で親族が住んでいる場合、疎遠な親族が相続すると相続時に退去を求められ、行政を巻き込んだトラブルに発展することもあります。このようなケースでは、遺言による遺贈が重要です。
借地に建物を建てている場合も、借地権と建物所有権を同一人に相続させるよう遺言書で指定しないと、別人への相続で転貸借関係となり、地主から契約解除の主張を受ける可能性があります。
「囲繞地」がある場合の対策
周囲の道路部分が第三者の所有である「囲繞地」に不動産がある場合、普段は周囲の土地所有者の好意で通行させてもらっていても、将来所有者が変わると通行を断られるリスクがあります。
このような場合は、なるべく早いうちに通行地役権を登記しておくことが重要で、この点は遺言書にも記載しておくべきです。民法第210条では、公道に通じない土地(袋地・準袋地)の所有者に通行権が認められています。
高額な動産財産がある場合
金の延べ棒、高額な株式、貴金属、ブランド品、高級車、美術品など、高額な動産財産がある場合も遺言書で具体的に相続先を指定しておくことが望ましいです。これらは相続人が任意に分けることが難しく、遺言執行者も苦労することが多いためです。
最低限、「その他一切の財産を○○に相続させる」と個人名で指定しておくことをお勧めします。なお、日本の慣習として「形見分け」は法定相続人でなく身近にいた方が任意に話し合うケースも多いことに注意が必要です。
また近年、書籍、絵画、音楽などの著作権や発明などの知的財産権の価値も高まっているため、これらについても相続先を特定しておくとよいでしょう。
祭祀承継に関する財産がある場合
遺言者の死後、葬儀や納骨、法要などの祭祀を取り仕切る「祭祀の主宰者」は、遺言で指定することができます(民法第897条)。祭祀には実際に多額の費用がかかるため(経験上100万円程度)、その費用も祭祀の主宰者に相続させておくとよいでしょう。
散骨の希望、永代供養、墓石への刻印、墓所の改葬などは遺言書の付言事項として記載できますが、確実に伝えるためには生前に葬儀を任せる予定の人に伝えておくか、エンディングノートに記しておくことも重要です。
先祖代々受け継いできた財産、特に土地については、相続による分散を避け、家を継ぐ人に承継させるための遺言書が有効です。孫やひ孫の代まで特定の血筋に受け継がせたい場合は、遺言書よりも生前の信託契約(後継ぎ遺贈型受益者連続信託)の方が適しています。
マイナスの財産(債務)の承継
借金やローンなどの債務は原則として法定相続人に法定相続分どおりに相続されますが、遺言書で別の方法を指定することも可能です。特に、住宅ローン付きのマイホームを相続する人がローンを全額負担し、他の相続人には負担させない場合などが該当します。
ただし、債権者保護の観点から、債務を承継する人の資力について銀行などの債権者の同意が必要になる点に注意が必要です。
まとめ
遺言書は、特に複雑な財産構成や特定の希望がある場合に非常に重要です。改正相続法の下でも、自分の意思を確実に伝えるためには、適切な遺言書の作成が欠かせません。専門家のアドバイスを受けながら、自分の状況に合った遺言書を準備しておくことをお勧めします。
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