【判例解説】遺言書の日付の誤記は無効?有効?|令和3年最高裁判決から学ぶ相続実務
1. はじめに
相続手続において、「自筆証書遺言」が有効かどうかが問題になるケースは少なくありません。とりわけ「日付の記載」が法的にどう扱われるかは、相続人間で争いになることも多い論点です。
本記事では、令和3年1月18日最高裁判所第一小法廷判決(破棄差戻)を取り上げ、自筆証書遺言に記載された日付が実際と異なる場合、遺言は無効になるのか、それとも有効なのかを判例に基づいて詳しく解説します。
2. 事案の概要(令和3年1月18日最高裁判決)
●争点
「遺言書に記載された日付が、実際に遺言が成立した日と異なる場合、その遺言は無効となるのか?」
●登場人物
A(被相続人):遺言を書いた本人。
被上告人ら:Aの法律上の妻X1とその子ら。
上告人Y2ら:Aの内縁の妻Y2とその子ら。
3. 遺言の経緯と原審の判断
●遺言の経緯
Aは平成27年4月13日、入院先で自筆証書遺言を作成。全文と日付、氏名を自書。
その後、退院して9日後の5月10日、弁護士の立会いのもと押印。
遺言の内容は、財産を上告人Y2らに相続・遺贈させるというもの。
Aはその3日後、平成27年5月13日に死亡。
●原審(高裁)の判断
自筆証書遺言には、遺言が成立した日の記載が必須。
Aが実際に遺言を完成させたのは5月10日であり、記載された4月13日とは異なる。
この誤記は遺言無効事由に該当すると判断。
よって、原審は遺言を「無効」と判断し、被上告人ら(妻X1ら)の請求を認めた。
4. 最高裁の判断|日付が違っても直ちに無効ではない
●最高裁の見解(破棄差戻)
自筆証書遺言には日付が必要だが、それは遺言者の真意を確保するための形式要件に過ぎない。
- 仮に日付に誤記があっても、遺言が成立した日が明らかで、真意が確認できる場合には、その遺言を無効とすべきでない。
本件では、Aが入院中に全文・日付・署名を自書し、後に押印して完成した事情が明確。
よって、本件遺言は有効であるとし、原審判決を破棄して差し戻した。
5. 実務への影響|遺言書作成時に注意すべきポイント
●ポイント①:日付の正確な記載は必須
基本的には、遺言が完成した日を日付として記載するのが正解です。誤記があれば、後のトラブルの種になります。
●ポイント②:遺言の成立プロセスを明確に
今回のように「自書」と「押印」が別日になったケースでは、どの日を「遺言の成立日」とすべきかが問われます。事後の説明が困難な場合には、公正証書遺言や専門家の立会いが望まれます。
●ポイント③:方式の厳格解釈と柔軟運用のバランス
民法第968条は形式的なルールを定めていますが、裁判所は「遺言者の真意の実現」を優先する姿勢も見せています。形式違反=即無効と考えず、全体の事情を見て判断するのが重要です。
6. 補足:参考となる関連判例
最判昭和52年11月21日:日付の誤記があっても真実の作成日が明確な場合は有効。
大判大正4年7月3日:氏名の記載は氏または名のいずれかでも可。
最判平成元年2月16日:押印は指印でも可。
最判平成6年6月24日:遺言書に押印がなくても、封筒の封に押印があれば足りる。
7. まとめ
本件判例は、自筆証書遺言の「日付記載の誤り」が遺言の有効性にどう影響するかを示す重要な判断です。
実務では、少しの不備が相続争いに発展することもあるため、遺言書の作成時には専門家による確認が重要です。
相続・遺言に関するご相談は、中川総合法務オフィスの相続おもいやり相談室までお気軽にお問い合わせください。